平成とは何か

平成が4月で終わります。昭和はとうの昔に過ぎ去り、平成も31年目に入った今月でお役御免ということです。

 

これから始まる新しい元号は令和。私は昨年めでたく前期高齢者になり、多分令和の御代が続いているうちにあの世にいく予定ですので、令和という元号について余り感想はありません。ただ強いていえば、少し違和感はあります。色々な人が言う通り、命令の令であり、上から目線という感じはあります。この元号が好きな人は多分、エスターブリッシュメント系の人が多く、命令する人が多いのでしょう。

 

まあ、そんなことはどうでもよろしい。ここでの主題は、平成とは何かということです。この設問はトテツモない設問であり、10人いれば10人、考えは違うと思います。でも違って当たり前。人生がみんな違うように、平成への想いも異なるのです。従って、これは私の平成感です。

 

私は、平成はインターネットの時代であったと定義づけます。災害の時代、テロの時代、ポストバブルの時代、経済成長のない時代、どれも正しく納得できますが、私の商売柄これが一番ピンときます。私の友人はネットが始まったころ、webと彼自身の事業を絡ませて会社を拡大させ当時ニイガタのビルゲイツと話題になり、めでたく東証マザーズに上場を果たしました。平成12年のことです。当時私はインターネットをパソコン通信の親分位の認識しかなく、件の社長から嗤われた記憶があります。私がインターネットについて漠然とながら理解できたのは更に更に後のことになります。

 

今私は何かの縁でネットに関わる仕事をしていますが、私がこの仕事に関わった頃世の中は既にインターネットなくしては回らない時代になっていました。モノ覚えの悪い私がようやくネットの本質が分かり始めたと思ったら、平成が終わる。インターネットは現在更に進化の速度を上げ、人と人を結ぶだけでなく人とモノ、またはモノとモノを結ぶツールになり、またわれわれの身近な端末もPCやガラケー、スマホ、タブレットと多様化しています。携帯端末は既に携帯電話ではなく、パソコンに近いツールなのです。こんなことは子供だって知っていますよということですが、平成という時代を最初から最後まで体験した私のような人間は、何か浦島太郎のような不思議な感覚があります。平成の始まりにネットは「なかった」。現在は空気のようなネットがあります。

 

ポスト平成はネット社会が更に進化(深化)し、これにAIが絡むという展開は確実です。いや既に現在進行形であり、世の中はまた大きく変わることでしょう。